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「地域の学校」を考える |
「地域」の「小さな学校」にどんなイメージを持っていますか? 私が複数の地域で見聞きしたことをもとに、そのイメージと実際をみつめてみたいと思います。 |
2000年 3月12日公開
2008年 8月 4日更新 |
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地域の小さな学校にこんなイメージを持ってはいませんか? → 良い点ももちろんありますが、イメージ先行は失敗のもと。実際の学校を自分の目で見極め納得した上で選ぶべきです。 しかしちょっと待って下さい。それは本当でしょうか? 小さな学校にもいろいろな問題点があります。このページでは私が複数の地域で見聞きしたことをもとに、イメージと現実との違いを採りあげていきます。 悪いことしか書いていないように見えるかもしれませんが、私は地域の小さな学校を否定しようとしているのではありません。もちろん小規模校にもいいところは多くありますし、上記のイメージも断片的にはあっています。しかし、イメージだけで移住を決めずに、現実にはいろいろなことがあるのだということを理解した上で、それが自分や家族の性格や人生設計に合致するのか、正確に見極めた上で移住を決めてほしいのです。 先生の目がひとりひとりに届いてる? → 人数が少なく目が届くことと教育上いいかは別。先生の置かれている環境にも注意が必要。 確かに条件は整っていると思います。都市部の学校では1学級30〜40人、小さな学校では生徒ひとりで1学級という学級もあります。それに先生がひとりなら人数の少ない方が目が届くのは当然です。 しかし目が届くことと、だからどうなるかは話が別です。そのへんは先生の資質次第なのは規模にかかわらず同じです。 小規模校と言われる学校では「複式学級」という形態が取られている場合が多々あります。 これは学年毎に1クラスではなく、1・2年生をまとめて1クラス、などのように異なる学年をまとめて1学級にする形態のことです。 欠学年とかがあると、たとえば3年生と5年生で1クラスという形態が取られることもあります。学級編成基準によれば、2学年合わせて16人(小1を含む場合は8人)以下だと複式学級を編成できるとあります。 ふたつの学年の授業をひとりの先生が同時に見るので、1学年で1クラスの単式学級に比べて、単純に先生がみられるのは半分です。これがいいのかどうかという問題がまずあります。 また、小規模校、特に条件の悪い土地ほど若い先生が多くなります。若い先生の中にもいい人はたくさんいますが、一般的には経験のあるほうがうまく学級を動かせます。 条件の悪い土地の先生の中には、遠方に置いてきた親や家族の心配で頭がいっぱいの人や、地域住民と生活条件が全く同じでないのを無視され手当も不十分な中で自分の生活苦のことで頭がいっぱいの人、これらの理由から条件のいい土地への異動で頭がいっぱいの人もいます。自分の生活に心配のない方が仕事に専念できるのが当然ですが、こうした条件の整備はたち遅れているのが現状で、地方の教育環境の向上のためにこの点は改善されるべきです。 管理職(校長、教頭)人事では特に露骨で、小規模校は必ずと言っていいほど初任者です(逆に都市部の大規模校には初任者はまず入りません)。これが良い効果をもたらすことも「まれに」ありますが、管理職の場合は次にどの学校に行くかにより生活条件だけでなく浮沈がかかっているのでだいたいそうした効果は生まれません。 条件のいい土地への異動を望む人の中には自分の実績を残すために学校で授業研究会などを開催し教育委員会などの目にとまろうとする人もいます。そうした人の目は子どもではなくお偉いさんの方を向いており、地域の学校や子どもを自分の栄転の踏み台にしているのが現状です。こうした動きを地域住民は陰で冷ややかな目で見ています。 もっともどこに行ってもやる気のない先生は同じでしょうが・・・。 いじめなんかなさそう? → 明るく受け入れられる場合も多いが、小さな学校の人間関係は固定的。子どもや地域によりけり。 確かに小さな学校の子どもは都市部に比べると素直な子どもが多いです。もの珍しい移住者を明るく迎えてくれるケースももちろん多いです。しかしだからといっていじめがないかといえばそうとも言えません。 固定化した人間関係ととりたてて娯楽のない地域の中で、いじめが起きるケースもあるみたいです。固定化した人間関係は、もの珍しいもの・自分達と環境の異なるものを奇異の目で見る傾向が強いのもまた事実です。 また子ども同士では問題がなくても、地域の中での大人のいざこざが子どものいじめの原因になるケースもあるようです。 いずれのケースも移住によって新参者として入っていくことにより、いじめの標的となるケースもあり得ます。注意が必要です。 落ちこぼれなんかいなさそう? → 少人数学級と学力向上は必ずしも合致しない。健全な競争も成り立たない。現実に平均学力は高くない。 子どもの数が少ないということで、子どもたちの理解を超えて授業をしても仕方ないですから先生も考えるでしょう。だからといってそれが良いか、落ちこぼれはいないかとなると話は全く別です。 子どもだって仙人ではありませんから理由もなく勉強はしません。ある程度の競争原理は必要です。似通った学力の子どもが切磋琢磨することでみんなそれなりに学力は伸びます。生活面でも同じです。隣の子に負けないっという気持ちがひとつの目標となるわけです。しかし人数が少ないと競争原理が成り立ちませんので平均的に勉強しない状況も生まれます。実際授業を見ていても人数がある程度いる学級は元気です。 また先生がどうしようと勉強しない子どもはどこにいっても落ちこぼれます。その時に人数が多いと似通った学力の子どもが何人かいてその中で少しは競争意識を持とうとはします。しかし少人数の学級で学力差が歴然とすると競争が成り立たないので学力差は開く一方となります。 現実問題として小規模校は大都市部の学校と比べると平均学力は高くないようです。このことは予想されてはいましたが、2007年に強行された全国学力調査で明確な数字となって出てしまいました。どうしてでしょうねぇ。様々な原因があります。皆さんも考えてみてください。 一説に地域を絡めた行事の多さを指摘する声もあります。北海道の学校自体が本州と比べて全般に行事が多いと言われていますが、その中でも小規模校はまた格別に多いと言われています。 ここまで読んで「学力だけが人生じゃない」と思うあなたへ。学力の必要のない人もいます。その地域で一生過ごすにはたぶん大丈夫でしょう。しかし移住するあなたがそうかはわかりません。子どもも然り。昔からその地域に住む人とは基盤が違うことだけはお忘れなく。地域と同じことをしていても滅ぶのはあなただけってこともあり得ます。 子どものためを考えた「よりよい教育」を選択してくれそう? → 地域との関係や、学校による。実際の学校次第。 私見ですが学校なんてのは(学力を含めた)子どもの人格形成と将来だけ考えてくれりゃそれでいいと思います。じゃあ人数の少ない小規模校では個性も踏まえてよりよい教育を考えてくれるだろう、と思うかも知れませんがそれはイメージです。実際は必ずしもそうとは言えません。 理由のひとつは先生をとりまく環境上の課題です。これは上記「先生の目がひとりひとりに届いてる?」でも書いた内容と同じなので省略します。 次は地域社会と教育との関係です。 小規模校のある地域にはそれに対応する地域社会があります。地域にある学校には当然地域の思いが期待されます。地域の子どもを育てる限りそれを尊重して学校づくりをするのは当然です。しかしそれが子どもの将来にとっていいかというと一概には言えません。 過疎化が進む昨今、地域を守るために「子どもにとって良い悪い」以前に地域の論理が先行する事態が多々見られます。 北海道では高校の適正配置(統廃合)問題が各地で論議されていますが、そこの論議はまさにそれです。学校が子どもの学び舎ではなく地域の経済対策の一環か何かのように議論されています。地域の学校は子どもにとって良い悪いという論理以前に地域の論理、特に少数の有力者の論理で動いているのが実態です。高校の問題に限らずすべてにおいて言えます。 ただこれも地域性があり、子どもを基準に考え、それにあわせて行動・協力している地域もあります。そういう地域はフットワークすごいですよ。学校で何かやるっていったら父母全員集合しますからね。 これから移住するあなたが地域の学校であれがいいこれが悪いなどと言ってみたところでそれはよそ者の論理に過ぎません。地域の学校はそういう論理では動いていません。あなたはその地域で子どもを学校に行かせる時までの何年か住む程度ではまだまだ所詮はよそ者です。先にも挙げましたが地域の論理で自分の子どもを育てたとしてその子どもの人生に責任を持てますか? その点も踏まえる必要があるでしょう。 地域とのしがらみや干渉についてのみ言うなら、都市部郊外の新興住宅街の新設校に行った方がよっぽどましです。変な伝統もないし。父母さえまともならばいくらでもなんとかなります。日本教育の制約はありますが。 最後に 〜 一言で「小さい学校」と言っても当たりはずれがあります。 → 当たりはずれが見分けられれば小規模校のメリットを享受できるでしょう。 同じ小さな学校でも、学校によって「当たりはずれ」があるのが現状です。内部に入ってみないとわからないことも多いですが、いろいろな学校を見聞きしてくるとなんとなくわかるようになってきます。 ここでは参考になるかどうかはわかりませんが、はずれを見分けるヒントとなる指標をいくつか挙げてみたいと思います。
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