この章のポイント  ここでは北海道の地方での教育事情を取り上げます。東京など大都市部との違いで気づいた点を挙げますので移住の検討材料に教育問題を考えている方は参考にしてください。皆さんがイメージしているほどきれいな話ばかりでもありません。
目次  「義務教育の機会均等」のうそっぱち
 小規模校のイメージと現実
 高等教育の不在
 地域ごとの学力格差の実態
 部活動の問題
 地域の環境の問題
風景
2001年 9月30日公開
2017年 1月 1日更新

 移住を考えるのに子どもの教育問題を考える人は多いです。私は素晴らしい考えだと思います。子どもの教育問題を考えずにあなたの勝手で移住しても子どもの人生をぶち壊す可能性があります。
 ここでは私が考え得る限りの情報を提供しますので、考えの一助にしてください。

「義務教育の機会均等」のうそっぱち
 → 地方の現状に無理解な政治のせいで地方の教育には地方の努力だけでは容易に解決できないさまざまな壁があります。
 いきなり過激な見出しですが、北海道に限らず全国的にそうです。東京など大都市に住んでいるとさほど深刻に感じないのはある意味無理ないですが、日本の歪んだ教育行政のなれの果てです。
 問題点は大きく言えば次のふたつです。

財政力や教育への理解の格差 〜 自治体によって学校にかけてくれる予算は違います!
 教育は都道府県・市町村のお金で行われます。その地方の財政は今や火の車。当然教育費もカットされます。ここには地域ごとの教育に対する理解の格差も表れます。
 教育に熱心な自治体は厳しい中でも精一杯の予算確保はしてくれますが、そうでない自治体もあります。教育は利権にとってはそんなにおいしい事業ではないので利権事業重視の地域は教育への理解は低いです。その結果、財政的に格差が生じ、教育活動でできることにも違いが出てきます。
 昔は義務教育費国庫負担制度のもとで国の補助事業として教育費が確保されていたので補助事業の範囲の中では条件は全国同じでした。それが地方交付税に移行になり、経費としては算定されるものの実際の使途は各自治体の主体性に任せることになったため、こういう格差が起きるようになってしまいました。

 あと小規模校は相対的に財政的には厳しいです。予算は基本的に児童生徒数が配分のベースになることが多いのですが、小規模校では学校運営に占める固定費の比率はどうしても大きくなります。1人学級の運営費は40人学級の40分の1ではありえません。それはたとえば教室の装飾がそうかどうかを考えると明らかでしょう。児童生徒ひとりあたりの予算額という見方をすると小規模校の方が大きいですが、固定費を考えるとむしろ規模が小さい方が厳しいです。予算は学校運営を忠実には反映できないため、どうしてもこういう現象は起こります。

地方の人材不足 〜 教員の人材格差
 大都市と地方では教員の人材確保面でも差が出ます。その結果、教育レベルの格差が生じます。
 理由はいくつもあります。

教員の間では人気地は都市部

 教師だって仙人じゃありません。身を捨ててまで仕事をしているわけではありません。生活条件のいい土地に住みたがるのは当然です。不便なだけでなく、住宅の質が悪い、医療や教育水準が低くて自分の子女はとてもじゃないが入れられない、などなど地方には劣悪な条件が山積しています。

 その結果、都市部への人材の集中が起こります。その希望が叶わなければ働いても報われない意欲低下につながります。人材流出が続く地方の教育レベルは確実に下がります。仕方がないのでよそから新採用者を大量に連れてくることしかできず、それがさらなる教育レベルの低下、教育への不信を招く悪循環に陥っています。異動者の半分が新採用者という異常な地域も出ます。その中で管理職の選考や新人教員の養成がされるわけですから、連鎖的にレベルの低下が起こります。
 このことは地方だけの問題ではなく都市部にも問題をもたらします。人材が出たがる結果、コネ等の汚い手段を使って出ようとする者も出ます。そこまでいかなくても都市部へ異動するために子どものためではなく自分が目立つための教育をする者も出ます。そんなことで成り立つ都市部の教育もまたどうなのでしょうか。北海道に限らず都市部と地方の格差が極めて大きいところ、その地方の比率が高いところは要注意と言えます。

 もともと教員を養成する大学は都市部にしかないのも問題です。都市部出身者は言うに及ばず地方出身の教員が増えたとしても、都市部の文化的で快適な生活を知り、都市部での人間関係ができると、全部が地元に帰ってくるわけではないのが現実です。
 これは教員に限らず地方の人材流出の大きな課題です。まして都市部の方が生活条件や待遇が良かったら自然な流れです。

 ひとつ断っておきますが、新採用者が問題なのではありません。新採用者でも基礎資格である免許は持っておりそれなりの能力があるのは前提ですし頑張っている人は大勢います。不満タラタラの経験者を都市部から無理矢理連れてきたり病人や問題教師が飛ばされて来るくらいなら覇気のある新採用者の方がいいという地元の声もあります。後述しますが地方に残る経験者が問題なわけでもありません。都市部異動狙いの目立つ実践がいいとも全然思いません。目立たなくても地道に教育に取り組む人は新採用者・経験者問わずたくさんいます。ただ経験者が流出すること自体は事実であり、それが教育経験を蓄積しないというレベルでの課題があるという意味です。


とりあえず数が揃うのは県費負担教職員制度の成果だが・・・

 それでもとりあえず新採用者でもなんでも数が揃うのは県費負担教職員制度の功績です。
 この制度は、公立小中学校の教職員は学校は市町村立であるが採用や給料の支払いは都道府県が行うというものです。これによりとりあえず教職員の志願者の数は集まり各地に配属できます。
 この制度がないと、医師不足の問題にみられるように数そのものが確保できない、学校で言えばクラスはあっても先生がいないという現象が起きます。それを避けられるだけでもいい制度です。採用基準も都道府県で一律なので新採用者といえども一定の質は確保できるのが建前です。

 でもだからといって、都市部人気が厳然たる事実である以上、それを人事などの手段で抑え込んでも必ず何らかのひずみが出ます。都市部に行けないのは能力がないからだなどと思うようになってはモチベーションも下がり、地方の教育水準に悪影響が出ます。そうしたことは避けなければなりません。


「地方に経験者がほしい」のウソ八百 〜地方希望者はいりません

 地方は経験豊かな教職員がほしいと言いますが、やっていることは全く逆です。
 地方に地縁があって定着を望んでも排除される人事の現状もあります。
 私もやられましたが、妻が地方出身であり地元に定着したいと願いましたが、飛ばし人事に遭いました。
 一度飛ばされると人事上でも生活面でも子どもの教育面や地域の閉鎖性などを考えると戻ることはできません。

 今の北海道では、地方出身者が地元の教育のため頑張りたいなどというもっともらしい動機を持ったとしても、画一的な人事を理由に実現しません。
 地方の学校数は減っており、通勤可能圏に学校数が限られます。ここに画一的な人事の発想を持ち込む限り人事が廻らなくなります。
 その結果、まともな住宅に住んで子どもを育てるなど生活の安定をもとめると、誰しもが都市部を希望するようになるというのはある意味当然の流れです。都市部希望を増やしたいとしか思えません。

 北海道で地方に経験者がほしいなどというのは事実はウソです。
 構造的に都市部出身者がどうしても多い中、地方の環境で満足して経験を蓄積するためには、地方出身者や勤務をきっかけに定住してくれる一部の奇特な人など地縁のある人を活用するしかありません。
 それを人材を維持する努力などせず、数年限りの使い捨てといわんばかりの粗雑な扱いしかできず、希望する経験者を無関係な地域に飛ばして都市部志向に追い込む結果、都市部は生活も守られ地域に愛着を持つ教職員ばかりになるかもしれませんが、地方では生活も守られず愛着もない教職員ばかりになります。この差が教育レベルの違いにつながるのは必然です。

 地方では医師不足も問題になりますが、問題になる地域ほど医師に限らず人材の使い捨てがひどい地域なのが実情です。逆に医師不足も人材使い捨て地域の延長にあると思います。人材を使い捨てる結果、地域が必要とする人材が流出する、医療や教育を含め地域の生活水準が下がる、その悪循環が手に取るように見えます。その意味で医師不足が深刻な地域は要注意地域と言えます。


強権的人事で教育環境は悪くなるばかり

 近年は画一的強権的な人事で地方の経験者不足を解消しようという動きが北海道にはありますが、教職員の生活や希望を無視し、学校設置者である教育委員会の意向まで無視した強権人事の結果、自然条件の厳しい北海道では考えられない超遠距離通勤や家庭破壊を強いられるケースなどが続出しています。

 そんな環境にある先生たちが、心おきなく子どものための教育活動ができるなどとどこの神経が思えるのでしょうか。こうして北海道の教育水準は下がるばかりです。

 教職員だって家族や地元があり、まともな住宅、医療、教育を望む人間としての希望があるわけです。それを踏みにじり使い捨てにするだけの飛ばし人事を人事交流などと称している現状が北海道にある限り、北海道の教育水準が向上するわけはありません。


地方は教職員のゴミ捨て場?

 民間では一般的に地方飛ばしは左遷です。本人の希望を無視する人事も同じです。本当に必要な人材の希望はきちんと実現します。
 ということは、地方は教職員の左遷先、ゴミ捨て場なのか?

 管理職人事では顕著です。だいたい地方で廻され都市部に行けない人はいわくつきです。実物をみてもそうです。地方から都市部の中心に近づいていくのが出世コースみたいです。そこから外れると何したの?という話になります。

 こういう事実からも、地方には良質の経験が蓄積しにくく、教育環境が改善しない原因になります。


地元で働きたいという願いを大事にすべきだが・・・

 都市部人気の一方で、非利便地とされる地方でも地元出身者や、あるいは勤務を機に定住する教員も数は少ないもののいます。そうした人材を大事にすべきだと思います。
 ただ、今の北海道ではそうした人材への配慮はありません。人口減や少子化が問題だと言う一方で、喜んで地方に住むという奇特な人間を排除するほどえり好みと使い捨ての余裕があるのか知りませんが、そんなことをやっているから地方は衰退の一途。当然の結果です。

 あまり地域に近すぎても教育の中立を守るのに懸念がありますから、適正な距離感を保ちつつ地元出身者や移住者が地域に根ざして仕事をしていくことが必要ではないでしょうか。
 過去にいた学校で、何年かしたらどうせまた先生たちはどっかに行くんでしょう?と指摘されたことがあります。そこも非利便地で新採用者が多く来ていた地域でした。どっかから飛ばされてきた先生が何年かでまた全然関係のない地域に行く、そうしたことへの不信を表す話だったと思います。異動がない組織も不健全なのでたまに希望者が飽和している都市部から少し来てくれたり近隣の学校との行き来も必要でしょうが、地域に定住する教員が増えればこうした不信も解消されるでしょう。
 教員は地域の中では割と安定した職業でもあります。地域の子どもが目指して将来の地域の教育を担ってくれればまた良いことでしょう。

 北海道では2010年度の教員採用試験で一部支庁(→不人気の地方)を対象にした「地域枠」の採用制度がはじまりました。周囲では一次試験まるまる免除はやりすぎではないのかという最近の厳しい採用試験を受けた若手から怒りの声もありました。支庁の中でも人気不人気が偏っている中で支庁単位の地域枠に何の意味があるのか、地域枠も度が過ぎると人材確保を目的とした県費負担制度の根幹が狂うなど思うところは多々あります。採用面では特別扱い等をせず公正に、その後の人事の中で地域に根付く教員が増えてほしいというのが願いです。

地方で誇りをもって働く意欲をそぐ政策の数々

 行政も教職員の都市部人気の現状を熟知しながら、本当に地方の教育を改善したいと思うのなら、地方でも誇りを持って気持ちよく働けるような条件づくりをするべきなのに、そのような施策を打つことなどできていないのが現状です。

 それどころか、国レベルでなされようとしているのは、地方に教員が根付くのを妨げる施策ばかりです。

専門職大学院構想 〜 教員免許は金持ち子弟のもの?
 ひとつは専門職大学院の導入にみられるような教員免許所有の抑制策です。こんなことをやっていては金持ちしか教師になることができず、所得水準の低い地方からはただでさえ教師になりにくいものが余計なりにくくなります。奨学金を充実させればいいなどというのは行政の無知もいいところで、学費以外の負担も地方の住民にとっては極めて高い中で、経済的に地方から大学に行くなどというのは困難なのが現状です。

教員免許更新制 〜 地方にいると更新困難
 教員免許更新制も問題です。教師が教育技術を学ぶことは必要でしょうが、大学等の施設は都市部に集中しています。更新費用ばかりでなくそれ以上の交通費や宿泊費などがかかります。これらはすべて自腹です。地方にいる者ほど余計な費用がかかる仕組みです。これでは生活条件のいい都市部がますます人気になるのは当然です。通信教育やネット等も使ってという話もありますが、地方ほどそうした環境も劣悪です。しかも内容は現場では役立たないとの悪評が近隣では目につき、制度そのものがいらないんじゃないかと思います。一部魅力的とされる内容を選ぼうとすると、道外の大都市部の大学という現実もあるようです。

地方を理由に給料格差まで
 さらに民間給与で都市部と地方で格差があるとして(そのいわれのない格差こそが本来問題視されるべきですが)、教員を含む公務員の給料を都市部と地方で格差をつけようとしています。上記のように教育費ひとつとっても地方のほうが費用がかかるのが現実にもかかわらず、給料面ではそれを補償するどころか逆のことをしようとしています。これは都市部と地方との生活格差をさらにひろげることにしかならず、生活条件が良い上に給料まで優遇されるとあっては都市と地方の格差は決定的になり、給料の面からもますます都市部への人材集中がされようとしているのが実態です。

 これらの結果、都市部と地方との教育格差はひろがる一方です。

 人材の差は学力はもちろん学校運営の様々なところに出ます。そういう実情を見るにつけ地方の教育は大丈夫か疑問に思っています。


へき地対策のお粗末さ−「へき地手当」の問題
 義務教育の学校教職員の場合、へき地に勤務すると「へき地手当」という手当が支給されます。これは「へき地教育振興法」という法律で定められた国の制度です。この制度の表題を見た多くの人は「都市部とへき地の生活格差を埋めてくれるんだな」と勝手な想像をすることと思います。私もそうでした。でも実際にはそうはなっていません。
 この手当は学校ごとにへき地級数が定められ、その級数によって4%から25%の手当が出ます。でも20%以上もらえるのは離島の話。ほとんどは12%以下です。また北海道で言えば札幌との距離など考慮されていませんので、札幌のすぐ近くでも12%もらえたり、根室や稚内でも4%しかもらえない学校もあります。あなたならどちらがいいですか? >>投票する
 もちろん物価差など考慮されていませんし、医療格差や暴利的な公共交通機関の格差、後述する高等教育不在の問題など考慮されてもいません。実際の生活格差を計算すると実態は手当額を大きく上回っています。もともとが地方のことなど何も知らない都市のボンボン官僚が作った国の制度なので北海道の特殊事情など考慮されていないのはもちろん実態にもあっていないのです。
 今の北海道では地縁血縁でもない限り一般に札幌から遠くなるほど生活費用の総額が高くなるのが現状で、よって同じ給料の場合、札幌から遠いほど生活水準も低くなります。それは生活水準に比較して賃金が切り下げられていることを示します。
 企業では地方飛ばしが左遷人事なのは常識。その上にこの手当で教師が地方で一生懸命になろうって気になると思いますか? この問題が解消されない限り地方の教育が良くなるとは思えません。教育改革などうそぶく政治家はうじゃうじゃいますが、まず憲法に書かれた「教育の機会均等」が教師の聖職意識につけ込む形でなく制度的に実現できるようにしてほしいですね。


小規模校のイメージと現実
 → 都会の人からみるといいイメージばかりが先行しているようですが、実際はいい話ばかりでもありません。
 詳しくは別途「地域の学校を考える」を参照してください。


高等教育の不在
 → 移住後の自分の子どもの教育環境を少し先まで考えると都会ではわからない深刻な課題があります。

進学校や大学の不在
 東京とか大都市で高等教育を受けた人はこういう常識があるのではないでしょうか。高校は学区毎に進学校とかレベルに応じた学校があって、大学は近所によりどりみどり。あとは自分の頭の程度と進路との相談、と。

 でも地方の高等教育はそうはなっていません。北海道もご多分に漏れず高校進学にあっては学区に進学校と言えるほどの学校をもっている学区の方が少ないのが現実です。
 今の北海道で進学校と呼べるほどの学校があるのは、札幌やいいところ旭川など道内では大きめの一部都市のみです。学力調査の結果をみてもそれは明確に見えます。

 少子化時代における公立高の定員割れ・実質全入状態で進学に少し芽のあった学校も学力低下し、さらに財政難を理由にした統廃合の動きもあり、学校の選択肢がさらに減り、底辺校だらけになっているのが地方の実態です。その結果、学力的な面からも進学の芽など刈り取られるのが地方の実情です。

 大学にいたっては、そもそもあるのはほとんどが大都市部。それも少子化時代における大学側の経営問題や、採算思想を取り入れた国公立大学の独立行政法人化の流れの中で、地方にある数少ない大学でさえ次々縮小・撤退しているのが現状です。


通学にも厳しい現実
 通学にも制約があります。

自宅から通学できず何重生活も!

 札幌とか遠隔地の都市部の学校に進学する場合は勿論ですが、たとえ20〜30キロ程度の大都市部なら充分自宅通学可能な距離であっても、交通機関の制約から中学を出たら親元を離れて進学する子どももいます。同じ町の最寄りの高校にさえ自宅から通学できない地域もあります。それで家族の二重生活、三重生活になれば経済的負担も半端ではありません

定期が高い! 〜 バス転換路線は特急定期券より割高!

 交通機関があったとしても、別な格差もあります。
 北海道では国鉄改革の中でローカル線の多くが廃止されバスに転換されました。同じ距離を通学しても鉄道とバスでは定期代は雲泥の差でバスの方が割高です。
 実例ですが、三十数km離れた隣町の高校にバスで通学するのに、定期代が1ヶ月3万数千円かかります。ちなみに同じ距離を鉄道で通ったとすると1万数千円で済みます。さらに驚いたのは、旭川から札幌まで(136km)特急に乗車できる通学定期券が1ヶ月4万数千円だといいます。時間はどれも1時間〜1時間20分。時間的には充分通学圏です。

 都市部であれば進学の選択肢が格段にある中で、地方では数少なく不満足な選択肢を選ぶのでさえ厳しい経済的負担を伴う現実があります。


越境進学を阻む入試制度
 高校のレベルも進学校を持たない学区ではどんぐりの背比べという状態です。学力荒廃ばかりでなく荒れた学校も多いです。その中で進歩的な地域では何とかして他の地域の進学校へ出ようと必死になる子どもの姿も見られます。
 しかしこれも越境進学になるので制度的な制約も多いです。北海道では大都市部を含む学区が特例学区となり周辺の地方学区からの学区外受験を認めています。しかし学区外受験の枠は定員の何%と割合で決まっており、この枠に近隣地方学区から生徒が集中し激戦となります。この枠は一般受験より難易度が高いようです。2005年入試から北海道では学区が拡大され学区内受験で済むところも増えますが、相変わらずそうでない地域も少なからず残ります。


勉強に情報も足りない地方の現実
 ただでさえ制度的に都市部の子どもより高い学力がなければ同程度の学校にすら入れない上に、地方では満足なレベルの書籍等の入手も困難です。
 このような中で進学校受験に耐える学力をつけるのは容易でないのも事実。都市部に比較的近い地域では何十キロもの距離を塾通いする姿もあります。送迎も親がするしかなく、時間的にも経済的にも都市部にいる以上に大変です。

 こうした中で都市部の進学校への進学を勝ち取った子どもを見ると、ほとんどが会社社長の子どもだったというのも現実にあります。地方企業は厳しいから給料を払えないという一方で自分の家族にかけているカネをみると矛盾を感じる部分も多々ありますが・・・。

いい高校だけが人生じゃないというあなたへ
 無論進路によっては進学など必要ない場合もあるでしょう。それは事実です。
 また地方で生活基盤となる産業をもつ住民の中には「うちに学力など必要ない」と公然という住民もおり、こうした考え方が地方の学力向上を妨げている側面もあるのが課題です。
 それならそれでそもそも義務教育でもない高校に授業料を払ってまで行く必要などないと思うのですが、今のこの国では高校ぐらいは出ておかないと・・・程度の理由だけで猫も杓子も誰も彼もがとりあえず進学しているのも事実です。九九も出来ないなど高等教育を受ける意欲すら疑わしい学力でも答案に名前が書ければ入れてしまう高校の現状も問題です。

 こうした中で、子どもの進路に進学が必要な場合、それ相応の学校に入らないと、進学の夢も環境の中でいつしかつぶされることになります。環境は重要です。
 非進学校から進学する子どもももちろんいないわけではありません。でもその場合、進学校で普通に勉強した子どもの何倍もの努力をしているのが現状。それでいて成果は苦労に見合わず、しなくてもいい苦労をすることになります。逆に大都市でレベルに見合った学校に行ってさえいれば四年制大学に充分行けたであろう子どもが短大や専門学校止まり、下手したら就職なんて実例もいくらもあります。
 そのことは私自身も経験しました。まっとうな高校に行ったからまっとうに進学できたようなもので、そうでなければ同じ努力では進学できなかったことでしょう。

 それがいいか悪いかの問題は別にして、子どもの希望する進路を進ませてやるのが親の義務でしょう。自分が好き勝手に移住するだけならまだしも、子どもの人生まで破壊する権利があなたにありますか?

 あなたが土地や事業、政治家へのコネをもっているなら別として、そうでなければ技術しか売る物のないこの国で必要なのはまず高等教育です。この国で生活を成り立たせるために国際的に割高な賃金をもらうにはそれしかないのです。前述した地域住民の言い分についていったら、滅ぶのは地元に基盤のない移住者だけということになりかねません。

高校統廃合でも都市部と地方との格差は埋められる−交通機関を本気で活用せよ!
 地方からの進学にこうした格差がある中、さらに北海道では大規模な高校統廃合が検討され、統廃合の対象になる高校を抱える地域には反発の声があります。
 確かに子どもの数が減る中で生徒数が異常に少ない学校があるのは事実です。他方で統廃合によって最寄りの高校でさえ自宅から通えない地域も確実に増えます。
 高校にはその後の進路次第で様々な期待がありますが、それを地元の高校ひとつですべて対応するのは無理な話で、だから下宿などをしてでも都市部の学校に流出しているのも現実です。
 親や子どもにすれば自宅から高校に通うことができるのならそれに越したことはありません。少々通学時間が延びたとしても下宿よりカネがかかるということさえなければ自宅から通った方が何かといいです。家事の心配をしないで済む分、勉学に励むこともできます。
 北海道には数少なくなった鉄道網やそれに代わるバス網があります。特急列車や都市間バス網は支庁制度とは関係なく人の往来に忠実に設けられています。
 これらを通学に活用できるように本気で整備すると大都市部への通学可能圏はぐんと拡がると思います。これらの動かし方次第で都市部まで2〜3時間圏に北海道の相当地域が入るようになります。
 たとえば紋別〜旭川間には高速バス路線があります。時間は3時間です。これが通学に利用できれば沿線から旭川市への通学が可能になります。鉄道のある上川〜旭川間を特急列車を使えばもっと時間は縮まります。
 稚内〜旭川は特急で約3時間40分かかるので少し厳しい部分がありますが不可能でもありません。これが通学に利用できれば沿線はもちろん路線バスとの接続ができれば道北圏の相当区域が都市部への通学圏です。
 運行ダイヤを通学時間にあわせ(学校の開始時刻も調整し)これらの定期代の自己負担を都市部での上限以下に抑え、自分の進路にあった高校に合格さえすれば通学の足は確保されるとすれば格差は解消されます。
 通学者の有無で路線や停車駅を変えるぐらいの柔軟性があっていいでしょう。子どもが減ったというなら全員を毎日タクシーで無料送迎したとしても学校1校の維持費に比べれば安いもんでしょう。都市間バスや特急列車の1〜2便税金で買い上げてもいいでしょう。市町村ごとにたいした変わりばえのない底辺校を置いておくより、既存交通網の維持と充実に税金を投じた方が、多様な進学ニーズに応えられます。いままで地元の高校にすら通えなかったへき地の中には都市間バスの沿線にある地域などではかえって救われる地域も出ます。
 高校生の通学だけにとどまらない効果も期待できるでしょう。病院通いや大学進学、通勤にも利用できれば、いままで地方から出て行かざるを得なかった人も出て行かなくて済むようになるかもしれません。
 地元経済のための高校維持でなく、子どもや親の教育的ニーズをみた高校政策、どこに住んでも格差のない教育を受ける機会が確保される政策であってほしいものです。


地域ごとの学力格差の実態
 → 教育環境の格差を無視して支庁毎の学力などという意味不明なものが公表されています。
 北海道ではこうした教育環境の格差がすでにあるにもかかわらず、こうした格差に何ら対処がされることがないまま、2007年4月に全国学力テストが行われ、さらにこの結果が支庁毎に公表されるに至りました。この学力テストで序列化はしないなどと文部科学省や道教委は言っていましたが、北海道が全国でも最下位クラスとされた都道府県別の結果といい、これは正真正銘紛れもない「序列」です。同じ支庁でも地域によって条件は大きく異なる中で支庁毎の結果発表に何の意味があるかも不明ですが、少なくともこうした形式の発表によって支庁毎に子どもの学力が十把ひとかげらにレッテル貼りされてしまったことは事実です。
 ともあれ支庁毎の状況として報道されたのは下記の通りです。住む支庁を選べる人ばかりでもないと思いますが、住んだ支庁のせいで頭の良し悪しをレッテル貼りされて子どもがかわいそうな思いをすることのないように参考まで。
支庁の対応する地域についてはこちら
支庁小学校中学校
国語A国語B算数A算数B国語A国語B数学A数学B
石狩
上川
空知
十勝
釧路−3−3−6
檜山−3−3−6
留萌−5−3−8
渡島−3−3−3−9
後志−3−3−3−3−12
根室−3−5−5−13
宗谷−3−3−3−5−14
網走−3−3−3−3−3−3−18
胆振−3−3−3−3−3−3−18
日高−3−5−3−3−3−5−5−5−32
※2008年1月24日北海道新聞をもとに記事の範囲内で作成。厳密な結果ではありません。
※ −:全道平均±3以内 −3:全道平均より3〜5ポイント低い −5:全道平均より5ポイント以上低い
※石狩、上川では全道平均を若干上回った地域もあると報じられています。


部活動の問題
 → 部活動にも広域な北海道に独特な問題があります。

 中学生・高校生になると部活動にも課題が生じてきます。
 小学生でもスポーツ少年団なるものがあり(私はそういう用語を北海道に来てはじめて知った)、地域によって学童保育と混同されるなどで全員参加に等しかったり、少子化による人数不足で技術レベル二の次で参加が半ば強要されたり、実態は地域によりいろいろですが、参加するとすれば同様な問題に遭遇します。

遠征距離・時間がハンパない!
 部活動に参加すると、内容により試合やコンテストなどで「遠征」することが出てきます。
 その遠征距離がハンパない状況があります。

 東京などでは都大会に出ると言っても電車で日帰りできて当然です。
 しかし広域な北海道で全道大会などとなると、地元開催でもない限り、何十キロ、何百キロもの距離を走ることになり、また日帰りができない場所も多くあります。
 人口の4割が集まる札幌とかでやってくれればまだいいのですが、たとえば道東の地方大会とかでも、ある時は帯広、ある時は釧路、ある時は根室、はては網走とか紋別とかいうケースもあります。

 この移動に時間も膨大にかかります。さらに、公共交通機関などでの移動は困難なので、貸し切りバスや自家用車による移動が必要だったり、親が交代で車を出したりなどという本州ではあり得ないことがざらに起きています。これがさらに日帰りが困難などというケースも多々あり、(本州の目からみれば)部活動ごときに宿泊などという考えられない状況が日常的にひろがっています。

 当然それには費用もかかります。市町村である程度負担してくれるなどという奇特なところも中にはありますが、基本的に自腹だと思ってください。その費用、あなたは負担できますか?
 費用だけではなく事故等のリスクもあります。現に部活動の一行が事故に遭うケースも起きています。
 少年団では親がそうした遠距離の応援や送迎に忙殺され、少ない休みを軒並みそうした活動に取られ、果ては他所の子どもを乗せるというリスクまで背負わされている人を何人も知っています。

 こうした時間やエネルギーを必要以上に使う部活動が、子どもの勉強時間や睡眠時間を削り、先生達を疲労させ、その結果がどうなるかは自明のことではないでしょうか。

 残念ながら北海道の中ではこうしたことがあまり大きな問題として認識されていません。子どもの頃からそうだったからでしょうか。

地域の環境の問題
 → 都市部に比べて子育て環境が良いイメージがありますが、都市部にはない問題もあります

過保護すぎる地域

モノやおやつで子どもを釣る地域

 地方では人口流出による少子高齢化がすすむ中で、子どもの絶対数が減り高齢者が増えています。近所がみんなおじいちゃんおばあちゃんみたいなものですから、地域の方々は子どもには大変優しいです。
 それ自体は大変いいことなのですが、どうかと思う場面も多々あります。子どもを物やおやつで釣ろうという大人の多いこと。さすがに現金をくれる人はうちの近所ではあまり見かけませんが(笑)、行事が終わればおやつ、町内会の用事で廻ってもおやつ、回覧板を回しに行ってもおやつ、道を歩いていてもおやつなどなど・・・。そんなのが当たり前になるのもどうなんでしょう?


子どもを「接待」する大人たち

 高齢者以外にも言えます。
 行事も親など大人が「やってあげる」発想が横行し、地域やPTA行事などでも上げ膳据え膳、親子行事と称して親が焼き肉の準備をしている横で子どもがカードゲームなどをして遊んでいる光景は普通にあります。子どもを「接待」しているようなもので、これで自主的に活動できる子どもなんか育つわけがありません。
 中でも最悪なのが、行事で子どもに「やってあげる」親の出し物。よほど子どもの手本になるならまだしも、親がバカなことをやって子どもの笑いものになっているようなら親の尊厳もなければそんな親だったら殴ってみたくもなる子どもの気持ちもわからないではありません。

 私は都市部の新興住宅地で育ちましたが、こんな過保護な大人も行事もほとんどありませんでしたので、子どもだけで自由に遊びそれが楽しかったものです。そこに大人の影はほとんど感じませんでした。子どもだけで遊んで家に帰れば親がいるという感じでした。いいところ自治会の盆踊りくらいのもので、年により役員で動員された親が気の毒くらいにしか思っていませんでした。
 昨今は治安が悪くなったり、また地方では都市部の新興住宅地のような歩車分離がされた計画都市でもないため危険もあり、自分が子どもの頃のようになかなか子どもだけで外遊びといかないのは残念なところです。テレビゲームなんかもあまりない時代だったということもありますが。

 ただ、ここまで子どもを過保護にしなくてもいいんじゃないかとは思います。
 子どもは何もなければないなりに遊びは考えるものです。大人が何もかも与えなくてもいいんじゃないかと思います。
 地方では自然以外の余計なものが少ないのは地の利なはずだと思うのですが・・・。


すぐ新聞に載る地域

 学校や地域での子どもの活動がすぐ新聞に載ります。
 個人情報を意識すると非常に嫌です。
 北海道には新聞では全国紙以外に北海道新聞に代表される道内紙、十勝毎日新聞のような道内ブロック紙、さらに(相次ぐ廃刊で縮小傾向にはあるものの)特定の市町村内での新聞などがけっこうあります。さらに北海道新聞では地方面が二十数面あるようです。雑誌でも札幌での財界さっぽろのような地域を限ったものがあります。

 面積が広域なゆえにこれだけありますが、北海道の人口は千葉より少なく兵庫県と同程度であり、この状況では通常他県では載らないようなみみっちい活動でも簡単に新聞などのメディアに載ってしまうという問題があります。
 子どもにしたら簡単にほめられてうれしい状況と受け取る向きもあるかもしれませんが、何か勘違いをする気がしてなりません。


地域での生活習慣の問題

「夜型社会」は都市部だけじゃない

 地方では深夜に営業する大型店や娯楽施設などもなく、親が深夜に働かなければいけない職場も限られています。
 このことから子どもにも早寝早起きの規則正しい生活習慣がつきそうなものですが、現実にはそうではありません。
 沖縄では夜型社会が子どもに良い影響を与えていないという新聞記事がありました(いつまで見られるかわかりませんがこちら)。沖縄の場合は夏場の昼間などは暑くて活動には適さないという南国特有の事情もあるようですが、地域社会として考えなければいけない事情もあるようです。

 地方では深夜までの残業や夜勤が必要な仕事が限られています。さらに職住接近が多いため都市部のように通勤時間が1時間とか場合によっては2〜3時間などという状況もありません。自分の仕事もその意味では条件が良いと言えます。
 ただそれでも共働きで仕事が終わった後にちゃんと食事を作って子どもの面倒も見てなおかつ子どもに早寝をさせようとすると決して簡単なことではありません。通勤時間があったり、職場環境により残業を強いられたり、果ては消防や病院などのように夜勤などがある職場だったらどういうことになるのか想像がつきません。行政はとかく容易に「早寝早起き朝ごはん」などと気軽に言いますが、普段まじめに生活をしていてもそうした困難があることにどういう解決策を示すのか、その点をもう少し真剣に考えた方が口先だけのキャンペーンよりもずっと実のあるものじゃないかと思いますが。


夜型社会を煽る地域の「つきあい」

 その上にさらなる問題点が地域にはあります。
 「地域の付き合い」とよばれるものです。
 これは地域によって大きく異なり、北海道の中でも地域によって良い地域もあればそうでない地域もあります。
 具体的には地域の会合であったり飲み会であったりします。町内会や学校等のPTA、職場や同窓会などに至るまでいろいろです。
 地域にもよりますが昼間の会合はまだしも夜会合などが行われる地域は多いです。その間子どもは祖父母などに預けられたり果ては子ども同伴の飲み会まであったりします。
 子どもの生活に配慮してなのか時間を決めてぴったりその通りに終われる地域も実際に見ました。それは極めて良い例です。夜中まではだらだらやり二次会三次会、誰かの家に上がり込んでどんちゃん騒ぎなどという例は多くあります。
 そういう集まりを全否定はしません。たまにはそういうコミュニケーションも必要でしょう。ただ節度はあるべきです。年1回とかその程度はあってもいい気はします。数年に1回しか集まれない集まりもあります。私もそうした集まりは大事にしています。ただそれが重なると子どもの生活には確実に良くない影響が出ます。親はそれぞれ年1回のつもりでも子どもの側に立てばそうではありません。
 そういう会合等も断れるものは断るようには私はしていますが、地縁や職業関係等々によってはすべてを断るわけにもいかないでしょう。

 先に挙げた沖縄の夜型社会の例でも、北海道の地方でも通じるものが多々あります。地域性もあるとしても決して沖縄だけの問題ではないと思います。
 こうした問題を解決するのに地域社会での取り組みをと総論ではきれいな話も出ますが、ただでさえ普通に生活していていっぱいいっぱいなところに、新たに行事などを増やしたところで、その行事をやるためにまた会合が増えて家庭での時間がさらになくなるというさらなる悪循環が起きます。
 根本的に親が深夜労働をせずに子育てできるのがいいでしょう。ただ職業によりすべての人ができるわけでもないでしょう。都市部のように24時間託児などという施設も地方ではなかなか出来ない以上、そこを救う手段は必要でしょう。親が飲み歩いたり、子どもがテレビやゲーム等で夜更かしをするのは、家庭と地域の良識が問われる次元の問題だとは思いますが。

 北海道の地方では、子どもの深夜徘徊を誘惑するような商業施設が徒歩圏内にないというのは地の利です。親や地域のあり方ひとつで子育て環境は良くなると思うのですが・・・。


地方の教育環境が悪いのは、端的には地域の問題
 地方の教育環境が悪いのは、端的に言えば地域の問題だと思います。

 学校や親が何を努力しようが、子どもは友達や地域住民を通じて多かれ少なかれ必然的に地域の影響を受けます。それを避けることはできません。

 教育の機会均等や全国水準の学力とか言うのなら、地域色を排して全国一律のことをやればいいはずですが、現実の学校は地域の影響を受ける様々な施策を強いられます。学校設置者の教育委員会がそもそも地域の装置ですから。
 仲間うちだから擁護するわけではありませんが、このような現状では地方の教育環境が悪いのは先生たちのせいだとは思いません。

 地域の人はその環境がいいのでしょうが、移住者や転勤族などよそ者には関係のないことです。
 その地域でなければならない理由がない限り、よそ者にとっては迷惑な環境以外の何物でもありません。

 また医師不足の話になりますが、お医者さんたちが地方に行きたがらない理由のおおきなひとつが「子女の教育環境」だといいます。その通りだと思います。
 カネにまかせていくら塾など装置を親が整えようが、周囲の地域は変わりません。医学部のような難関大学への進学実績もなければ、志が近い友達も得られないのです。医者の子が医者を目指せない、そういう環境なのです。
 それは医者に限らず、すべてに同じことが言えます。

 学校や地域との無用な接触を極力避けるとか出来なくもないですが、現実には容易ではありません。確実に地域の影響を受けてしまいます。
 移住を考える際にはそうした環境も充分に考慮する必要があります。


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